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最高裁判所第三小法廷 昭和38年(オ)307号 判決

上告人

株式会社三露

右訴訟代理人

光石士郎

土屋賢一

橋本和夫

右訴訟復代理人

河鰭誠貴

被上告人

丸田善四郎

右訴訟代理人

伊藤武

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用および上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人光石士郎、同土屋賢一、同橋本和夫の上告理由第二点について。

論旨は、本件契約解除は支払催告ののち相当の期間を経過してなされたものであるにかかわらず、これと異なる判断をした原判決は民法五四一条の解釈を誤つた違法があるという。

原判決は、昭和三四年五月一日に上告人から被上告人に対し昭和三〇年四月一日以降の本件建物の賃料(月額三、七〇〇円)を支払われたき旨の履行期間の定めがない催告がなされ、昭和三四年五月五日に上告人から被上告人に対して右催告にかかる賃料の不払を理由に本件賃貸借を解除する旨の意思表示がされた事実を当事者間に争がないとしながら、同月二日が土曜日、三日、五日が休日である事実と右延滞賃料合計額とを考え合わすとき、右解除の意思表示は、催告より相当の期間を経過しないうちになされたものとして無効と判断していること、論旨のいうとおりである。

もとより、民法五四一条のいう相当の期間がどれくらいかは、各場合について債務の内容と取引慣行とを考慮し債権法を支配する信義誠実の原則に従つて決するよりほかはないが、同条がすでに履行期を徒過している債務者に対しても最後の履行の機会を与えもつて解除を免れる余地を残すというにあるのであるから、同条にいう相当の期間とは、催告をうけて初めて履行の準備にかかりこれを完了するに要する期間ではなくて、すでに履行の準備が大体できているものを提供するに要する期間と解するのが相当である(大正一三年七月一五日大審院判決、民集三巻三六二頁参照)。

そうとすれば、債務者たる被上告人が商人であり債務の内容が一八万余円の金銭の支払である本件において、五月一日催告したのち五日になした解除の意思表示は、たとえ五月二日が土曜日、三日、五日が休日であつたとしても、なお相当の期間を経過したのちなされたものであり有効であるといわなければならない。これを無効とした原判決は民法五四一条の解釈の誤つた違法があるというべく、この点において本件上告は理由があり、他の論点について判断を加えるまでもなく、原判決は破棄を免れない。

そして本件賃貸借が昭和三四年五月五日解除により終了したものというべきこと前段説明により明らかであるから、所有権にもとづき本件建物の明渡と賃料・損害金の支払を求める上告人の本訴請求は理由があり、これを認容した第一審判決は結局正当であるから、被上告人の本件控訴を棄却すべきものとする。

よつて、民訴法四〇八条一号、三八四条二項、九六条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官五鬼上堅磐 裁判官石坂修一 横田正俊 柏原語六 田中二郎)

上告代理人光石士郎、同土屋賢一、同橋本和夫の上告理由

第一点<省略>

第二点 原審判決は左の点に於て法令に違背した違法がある。

一、原審の確定した事実によれば、被上告人は昭和三十年四月一日以降本件建物の賃料(一ケ月三、七〇〇円)の支払をしなかつたものであるところ、昭和三十四年五月一日上告人は被上告人に対して期間を定めずして右賃料の支払を催告したがその支払がないので同年同月五日本件賃貸借契約解除の意思表示をなした、而して右意思表示が到達した翌六日に至つて被上告人は昭和三十年四月分以降昭和三十四年四月分まで四十九ケ月間の賃料一八一、三〇〇円を上告人方に持参したが受領を拒絶されたものである。

そして右事実に基き原審は、昭和三十四年五月二日が土曜日に、同月三日が日曜日に、同月五日が休日に当ることと、提供にかかる賃料合計金の額とを考え合わすときは、昭和三十四年五月五日になされた本件契約解除の意思表示は催告の時から相当の期間を経過してなされたものではないとして上告人の主張を排斥したのである(尤も原審は「前記弁済の提供は右催告の後なお相当の期間内になされたものであるとみとめるべきである」と表現するが、端的には右の趣旨であろう)。

二、債務者が遅滞に陥つたときは、債権者が期間を定めず催告をした場合でも催告の時から相当の期間を経過すれば民法第五四一条により債権者は契約を解除し得ることは既に確立された判例であるが、その期間が相当であるか否かを判断する基本的標準は債務者が遅滞にあるときは既におよそ履行の準備をなし終えた債務者が、これを完了して履行し得る期間があれば十分で、催告を受けて始めて履行の準備に着手するものとしての期間を必要とするものではないと解すべきである(大正一三年七月一五日民一判・大正一三年(オ)第一三九号等)。

三、そこで本件について見れば、既に四ケ年以上にわたつて賃料支払を滞つていた被上告人は、催告の時において既に履行のための大半の準備を完了すべき筈である。現に被上告人は富士銀行久ケ原支店(被上告人の住居の至近距離にある)に催告賃料相当の金員を普通預金にして支払の準備をととのえていたと主張している。

すると被上告人が給付を完了するためには、右銀行から預金を引き出し、被上告人の住居と同番地であり且つ隣合せである上告人の住居に持参することが残されているだけである。

そのために要する時間はおそらく一時間を越えることはないであろう。

提供にかかる金額一八一、三〇〇円が当時の貨幣価値からして商人である被上告人にとつて多額な金額とは到底考えられないが、仮にそうでないとしても既に銀行に預金済というのであるから履行準備のための時間との関係上その多寡は何等問題とすべきことではない。

そこで被上告人が履行の催告を受けてから契約解除の意思表示を受けるためにいか程の猶予期間があつたかを見るに、催告のあつたのは昭和三十四年五月一日、契約解除は同月五日である、この間に同月三日の日曜日が介在するとはいえ、催告のあつた日である同月一日および同月四日は通常の取引日であり同月二日は土曜日であつて銀行の預金引出しは正午まで可能である。銀行からの預金引出し以外の履行の準備行為は同月三日の日曜日においても可能なのである。

こうして見ると、五月一日に催告を受けた被上告人が近所にある富士銀行久ケ原支店に赴いて預金を引出し、隣家である上告人方にこれを持参して現実に提供するためには同月四日中を以てすれば十分すぎる時間のゆとりがあつたことは明白なのである。

即ち同月四日を徒過すると共に催告の後相当の期間を経過したものというべきである。

四、以上これを要するに、本件契約解除が支払催告の後相当期間を経過して行われたにかかわらず、これと異る判断をした原審は民法第五四一条の解釈適用を誤つたものであつて民事訴訟法第三九四条により破毀を免れないところである。

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